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2011年6月に閉店したのちも、
オッドアイを愛してくださった皆さんと集う機会を、
「オッドアイ・アフター」というかたちで、
3回ほどおこなってきました。


そのなかで、オッドアイの再開を
待ち望む声もいただきましたが、
今は自分の店を再開することよりも
東日本での震災復興に協力し、
被災地の方々が少しでも
安心して暮らせるようになることを
望んでいます。


今回、
オッドアイで使用していた備品
(家具、食器、雑貨等)・
絵画や写真などの芸術作品を、
バザー形式でお譲りする機会を
一日設けたいと思います。



2月15日(金) 
2月22日(金) 15:00-24:00
聖パウロ教会・会館内

(「青果のほった」西隣、高知県立大の東約50m、
木造で赤い屋根の古い教会です)駐車場有。
※館内は禁煙ですのでご了承ください。


バザーの売上金は、全額
東日本大震災からの復興に協力する
義援金及び活動資金にいたします。



いろいろと なつかしい品物が
在りし日の思い出と共に、
出てきます。

どうぞお立ち寄りください。



※「関連イベント」として同教会・礼拝堂にて、
新約聖書の一節を描いた絵画

「エマオの食事」

も展示いたします。ご観覧ください。
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2013.02.14 Comment:1 | TrackBack:0
オッドアイを閉店してから、まる一年が経ちました。

時々高知へ帰ってくることもありますが、
普段は関東、東北へ復興工事に勤しむ毎日です。

向こうでも時々美術館やカフェへ足を運ぶことがありますが、
そのたびに、自分の営んでいたこのオッドアイの日々を、
思い起こします。

カフェ、

ギャラリー、

街場の文化。


それは一杯の珈琲のようにとても味わい深く、
香り立つような時間と空間でした。

それを約4年半、街の片隅で営むことができたのは、
本当に幸せなことだったと、今でも思います。

あの小さな場所で、実にさまざまな作家やお客さんと
出会えたことも。

でも、今はまだ、再開の時ではないと、
この一年間の復興工事を通じて思い至りました。


名残惜しくはありますが、
このブログでの書き込みは、
これで最後にしたいと思います。


そしてこれからは、新しいブログのほうで

今の活動を書いていきたいと思います。

新ブログはこちら↓

“羊が獅子となるまで”


この旧ブログも閉鎖せず、記念に残しておきます。


これまでもありがとう。
そして、これからも。


ODDEYEサイトウ


oddeyed-cat.jpg
2012.06.25 Comment:0 | TrackBack:0


そは暗きみどりの空に

むかし見し幻なりき。

青き花

かくてたづねて、

日も知らず、

また、夜を知らず、

国あまた巡りありきし

そのかみの

われや、わかうど。


そののちも人にうとまれて、

微妙(いみじ)くも奇しき幻、

ゆめ、うつつ、

香(か)こそ忘れね、

かの青き花をたづねて、

ああ、またもわれはあえかに

人の世の

旅路に迷ふ。


北原白秋「邪宗門」より


2012.05.26 Comment:0 | TrackBack:0

 おお、やわらかい褥のなかより

 夢みつつ、なかば耳を傾けよ。

 私の奏ずる絃のしらべに

 眠れよ。さらに何を望もうとするのか。

 
 私の奏ずる絃のしらべに

 星々の群は
 
 永遠のおもいを祝福する。

 眠れよ。さらに何を望もうとするのか。

 
 永遠のおもいは

 いや高く、神々しく

 私を現世の喧騒の巷よりたかめる。

 眠れよ。さらに何を望もうとするのか。


 現世の喧騒の巷より

 きみは私をつれなくも隔て、

 私をこの冷気のなかへと遠ざける。

 眠れよ。さらに何を望もうとするのか。


 私をこの冷気のなかへと遠ざけ、

 ただ夢のなかで耳をかす。

 おお、やわらかい褥のうえに

 眠れよ。さらに何を望もうとするのか。


 ゲーテ



(マックス・ピカート著/佐野利勝訳『沈黙の世界』「詩と沈黙-例-」の引用より)
2012.04.29 Comment:0 | TrackBack:0
 
 遠い以前に亡びた諸民族の歌の中から

 今もときどきわれらの心に親しい調子が鳴りひびき
 
 そのためわれわれは驚かされ、なかば切ない心もちで

 その歌に聴き入るのだ、ふるさとがそこにありはしないかと。


 そのようにまたわれら自身の心臓の鼓動が

 世界の心臓と密に結びついて、

 われらの眠りと覚醒とを

 日と星との運行に調和させるのも、その世界の心臓なのだ。


 そしてわれらの最も荒い意欲のどんよりした潮も、

 われらの最も不敵な空想の炎も

 あの、決して休まぬ本然の霊から生まれるのだ。


 それゆえにわれらは手に炬火(たいまつ)を持って行く、

 太源の聖なる火から生まれて養われたわれわれは

 永劫に新しい星々に向かって進んでゆく。



『ヘッセ詩集』(片山敏彦訳/みすず書房)より
2012.02.14 Comment:0 | TrackBack:0