上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
«  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31 »
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--
 六月はものの産月。地は喘ぐ。
木立の下に立って耳を澄ますと、
微かにそのうめきを聞く。
木も草も延びる、茂る。

 椎、樫、楡、欅などの大建築は
新しい緑の窓掛をかけて、
丸々と大気の中に盛れ上る。

 草山の斜面には白い日傘をさして、
山百合が散歩する。
つつじの一団が緋毛氈を敷いて
弁当を食べる。

 小道に沿う垣根の野ばらの香水店。
その隣には毒だみの紺絣の店が続く。
あやめを刺繍した田川の土橋を渡ると、
矢車草や雛罌粟(ひなげし)の
モスリン友禅の窓飾り。
そこにはまた輝く麦の黄八丈。
苗代田の蚊帳も拡げられる。

 日が入ると河原一面に月見草の電灯がつく。
蛍がネオン灯をともす。やがて何処からともなく聞こえる
地虫のブザーを合図に、芥火の煙にかすむ朧月の
シャンデリアのともった森の講堂からは、梟の放送が始まる。

 この老儒は語る──たとえ私の言葉は解らなくとも、
私の声を聞く程の人はそれでそのまま存在の秘密に当面する者だ。
それでそのまま幽玄の実体に触れている者だ。──そうだ、あの
不可解の問題をこの老学人は言葉では説かなかった。
ほんの一とか声か二た声ではあったが、
くり返しくり返しこのなぞを説きあかしていた。

 それから姿のない鳥、水鶏(くいな)と時鳥(ほととぎす)が、
人々の浅い眠りの上に微かな幾片かの音譜を撒いて行く。


河井 寛次郎 『火の誓い』 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
2008.06.30 Comment:1 | TrackBack:0
Secret

TrackBackURL
→http://oddeyefinder.blog83.fc2.com/tb.php/107-4090eb6c