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六月はものの産月。地は喘ぐ。
木立の下に立って耳を澄ますと、
微かにそのうめきを聞く。
木も草も延びる、茂る。
椎、樫、楡、欅などの大建築は
新しい緑の窓掛をかけて、
丸々と大気の中に盛れ上る。
草山の斜面には白い日傘をさして、
山百合が散歩する。
つつじの一団が緋毛氈を敷いて
弁当を食べる。
小道に沿う垣根の野ばらの香水店。
その隣には毒だみの紺絣の店が続く。
あやめを刺繍した田川の土橋を渡ると、
矢車草や雛罌粟(ひなげし)の
モスリン友禅の窓飾り。
そこにはまた輝く麦の黄八丈。
苗代田の蚊帳も拡げられる。
日が入ると河原一面に月見草の電灯がつく。
蛍がネオン灯をともす。やがて何処からともなく聞こえる
地虫のブザーを合図に、芥火の煙にかすむ朧月の
シャンデリアのともった森の講堂からは、梟の放送が始まる。
この老儒は語る──たとえ私の言葉は解らなくとも、
私の声を聞く程の人はそれでそのまま存在の秘密に当面する者だ。
それでそのまま幽玄の実体に触れている者だ。──そうだ、あの
不可解の問題をこの老学人は言葉では説かなかった。
ほんの一とか声か二た声ではあったが、
くり返しくり返しこのなぞを説きあかしていた。
それから姿のない鳥、水鶏(くいな)と時鳥(ほととぎす)が、
人々の浅い眠りの上に微かな幾片かの音譜を撒いて行く。
河井 寛次郎 『火の誓い』 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
木立の下に立って耳を澄ますと、
微かにそのうめきを聞く。
木も草も延びる、茂る。
椎、樫、楡、欅などの大建築は
新しい緑の窓掛をかけて、
丸々と大気の中に盛れ上る。
草山の斜面には白い日傘をさして、
山百合が散歩する。
つつじの一団が緋毛氈を敷いて
弁当を食べる。
小道に沿う垣根の野ばらの香水店。
その隣には毒だみの紺絣の店が続く。
あやめを刺繍した田川の土橋を渡ると、
矢車草や雛罌粟(ひなげし)の
モスリン友禅の窓飾り。
そこにはまた輝く麦の黄八丈。
苗代田の蚊帳も拡げられる。
日が入ると河原一面に月見草の電灯がつく。
蛍がネオン灯をともす。やがて何処からともなく聞こえる
地虫のブザーを合図に、芥火の煙にかすむ朧月の
シャンデリアのともった森の講堂からは、梟の放送が始まる。
この老儒は語る──たとえ私の言葉は解らなくとも、
私の声を聞く程の人はそれでそのまま存在の秘密に当面する者だ。
それでそのまま幽玄の実体に触れている者だ。──そうだ、あの
不可解の問題をこの老学人は言葉では説かなかった。
ほんの一とか声か二た声ではあったが、
くり返しくり返しこのなぞを説きあかしていた。
それから姿のない鳥、水鶏(くいな)と時鳥(ほととぎす)が、
人々の浅い眠りの上に微かな幾片かの音譜を撒いて行く。
河井 寛次郎 『火の誓い』 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
2008.06.30
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