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 みごとな皮肉によって同時に
 書物と闇をわたしに授けられた、神の
 巧詐をのべるこの詩を何者も
 涙や怨みぐちと卑しめてはならない。

 神は光なき眼をこの書物の市の
 主となされたが、それらの眼が
 あまたの夢の図書館で読みうるものは、
 天明がその渇望にこたえて差しだす
 愚かしい数節でしかない。白日はいたずらに
 無限の書物を惜しくことなく与えるが、
 アレクサンドリアで散佚した
 難解な写本と同様、それらも難解きわまりない。

 (ギリシアの史書の記述によれば)ある王は
 噴水と園庭に囲まれながら飢渇ゆえに死んだという。
 わたしも当てどなく、この高く奥行き深い
 盲目の図書館をさまようだけだ。

 あまたの百科全書と地図、東洋と
 西洋、いくたの世紀と王朝、
 象徴と宇宙、そして宇宙開闢説などを
 壁は贈ってくれるが、それももはや無益だ。

 わが闇の裡にあって、おぼつかない杖を頼りに、
 わたしは急がず、虚ろな薄明をさぐり歩く、
 一種の図書館という形で
 楽園を思い描いたこともあるわたしだが。

 確かに《偶然》ということばでは
 名付けられない、何かがこの一切を支配している。
 影おぼろげな別の夜に、すでに多くの書物と
 闇を受けた者がほかにいるのだ。

 急がぬ回廊をさまよい歩きながら
 わたしは常に、漠とした聖なる畏怖の念とともに、
 わたしこそあの別の男、同じ日に
 同じ足を運んだはずの死者だと感じる。

 複数のわたしと一つの闇の
 この詩を書いているのは二人のうちいずれなのか?
 わたしを名指すことばに何の意味がある、
 呪いが不可分の一つのものだというのに?

 グルーサックかボルヘスか、わたしは見る、
 この愛しい世界が形くずれて
 やがて消え、夢と忘却にまごう
 淡く空しい灰と化するのを。


J.L.ボルヘス『創造者』(鼓直 訳/岩波文庫)より
2011.11.16 Comment:0 | TrackBack:0
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